概要
標高約480mの台地上、国道57号線沿いに所在。その名の通り7基の古墳が存在したらしいが、現存するのは前方後円墳2基、円墳2基の計4基となっている。国指定史跡、1959(昭和34)年指定。 古墳の周囲には約20万本のヒガンバナが自生しており、地元の人達によって手入れされている。満開を迎える毎年9月中旬には『七ツ森彼岸花祭り』が開催され、多くの観光客で賑わうようだ。 (現地説明板)

標高約480mの台地上、国道57号線沿いに所在。その名の通り7基の古墳が存在したらしいが、現存するのは前方後円墳2基、円墳2基の計4基となっている。国指定史跡、1959(昭和34)年指定。 古墳の周囲には約20万本のヒガンバナが自生しており、地元の人達によって手入れされている。満開を迎える毎年9月中旬には『七ツ森彼岸花祭り』が開催され、多くの観光客で賑わうようだ。 (現地説明板)
| 所在地 | 大分県竹田市大字戸上 |
|---|---|
| 築造時期 | 4世紀末~5世紀前半 |
| 墳丘形状 | 円墳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
秋分の日近くになると思い出す古墳。残念ながら遠くて、いいタイミングで行けてない。BとCは鏡柄型の前方後円墳で、後円部はがっつり6m級なのに前方部はたった1m。そのギャップが面白い。
彼岸花祭の影響なのか、駐車スペースは思ったより広い。でも古墳群の中身は見られなくて、盛り上がった部分が残ってるだけ。
山々に抱かれた古墳たち。四方の険しい峰々が見守り続けてきたんだ。古都へ向かう人々もこの景色を眼にしたはず。阿蘇一宮との20㎞の関係性が何かをね。