概要
直径20m程の円墳。 参考資料:群馬県教育委員会『群馬県古墳総覧』2017年5月 ほか

直径20m程の円墳。 参考資料:群馬県教育委員会『群馬県古墳総覧』2017年5月 ほか
| 所在地 | 群馬県高崎市下滝町大門51 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
歴史文献の記載を辿ると、この古墳の正体は複雑である。高崎市教育委員会が1981年に公表した『元島名将軍塚古墳』では御伊勢山古墳との同定を示唆しており、その見解に従えば、北北西へ後円部を向けた前方後円墳の一部が現代まで残存していることになる。すなわち我々が目にしているのは、本来の前方部の遺存分である。時間軸として捉えるなら、5世紀という古墳時代中期の所産と考えられ、その後1500年以上の月日を経て今日に至っているわけである。
時間の経過とともに山頂が著しく損耗している。