概要

標高約140mの扇状地上に立地。1辺20m・高さ4mの方墳で、葺石・埴輪を備える。墳丘は2段築成で上段は積石により構築されている。中央部に築かれた竪穴式石室から金銅製飾履や甲冑類、馬具などが出土した。6世紀初頭の築造。市(旧群馬郡箕郷町)指定史跡、1987(昭和62)年指定。墳丘は埋め戻され、位置を示す方形壇の下に保存されている。(現地案内板)

基本情報

所在地群馬県高崎市箕郷町下芝字谷ツ808
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
-

みんなの口コミ

2
  • guest2014/03/13

    小さい古墳で採用される保存方法だ。遺跡でも一般的なアプローチである。 地表に晒すと酸化や風化が進む。だから本体は埋め直してレプリカで覆う。なかなか合理的な判断だ。道路を敷くのとは全く別物だろう。 盛り土による埋め戻しは、十分な厚さがあれば保存性が高まるらしい。7~8世紀の東山道遺構が西国分寺近くで驚くほど良好に残っていた。近代に鉄道や軍施設、学校、道路で掘り返された下なのに。盛り土の力だ。 参考までに吉野ヶ里遺跡の埋め戻し基準を挙げると: 遺構傷つけ防止で、遺構面から30㎝以上の盛土。竪穴建物や堀立建物は30㎝盛った後に柱を建てて復元。環壕なら底部から50㎝以上盛った上で往時の寸法で再現。地下埋没物も遺構面から30㎝以上下に配置。 こういった細かい基準が実は重要なのだ。

  • guest2014/03/12

    方墳としての形態は確認できるものの、盛土そのものが地下に隠されたままというのは、本来の古墳の魅力が失われていないか。道路化による埋設は、単なる保存ではなく、遺跡そのものの消失に近い措置ではないだろうか。