概要
東三河を歩こうHPより引用 上地1号墳とも呼ばれ、7世紀半頃に築造されたという大型の横穴式石室をもつ円墳。 大福寺前を東に向かうと右側に案内標識があり、この標識のすぐ下が古墳なので容易に分かる。 (クルマで)宮西古墳・馬越長火塚古墳より県道81号を北上、豊橋市立西郷小学校の交差点を左折し、2~3分走ると道沿い左側に久太夫塚古墳の看板が見える。 クルマは道沿いに駐車。

東三河を歩こうHPより引用 上地1号墳とも呼ばれ、7世紀半頃に築造されたという大型の横穴式石室をもつ円墳。 大福寺前を東に向かうと右側に案内標識があり、この標識のすぐ下が古墳なので容易に分かる。 (クルマで)宮西古墳・馬越長火塚古墳より県道81号を北上、豊橋市立西郷小学校の交差点を左折し、2~3分走ると道沿い左側に久太夫塚古墳の看板が見える。 クルマは道沿いに駐車。
| 所在地 | 愛知県豊橋市石巻西川町上地 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
南向きの開口部のおかげで採光に恵まれ、石室内部の観察が容易だった。ただし、奥行きが想定より浅い設計となっているのは、被葬者の身分や埋葬方式の変化を反映しているのではないかと考えられる。
昨年1月に立ち寄った際、奥行きは限定的ながら、奥壁の一枚岩が圧倒的な迫力を放っていた。宮西古墳との比較で気になったのは側壁の仕上げの丁寧さで、こちらのほうが明らかに精密な造作だった。両袖を備えた入口周辺も、梁石を含めて細部までしっかり施工されており、築造当時の技術力が伝わってくる。