概要

二上山西麓から伸びる丘陵上に立地する双方墳。長軸約61m・短軸約23m。方墳2基をつなぎ合わせた形状をしている。両墳丘にはそれぞれ南東に開口する横穴式石室が構築されており、東西の石室から家形石棺と組合式石棺が各1基ずつ見つかっている。6世紀後半の築造。国指定史跡、1952(昭和27)年指定。 参考資料:現地説明板 ほか

基本情報

所在地大阪府南河内郡太子町大字山田
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

5
  • Guest2025/08/21

    工事やってるから今は上れないよ。

  • Guest2021/03/11

    桜は全滅。かつての情景はもう戻らない。太子町がようやく調査成果をサイトに上げたのは良いが、古墳の周辺環境は大きく変わってしまった。もっとも、整備事業で植栽予定というから、将来に期待するしかない。

  • Guest2021/03/09

    東側方墳での調査で人頭大の閉塞石が複数確認。写真等は2021年3月9日より太子町役場で閲覧可能。

  • Guest2020/09/21

    説明板を探しても見つからず。一帯がシートに覆われていて、ああ、ここは調査中なんだと悟った。西墳丘石室も見られなかった。

  • Guest2013/11/22

    石棺のそばに立つ。歴史の重みが伝わってくる。二子塚から見える推古天皇陵は息をのむほど美しい。