概要
二上山西麓から伸びる丘陵上に立地する双方墳。長軸約61m・短軸約23m。方墳2基をつなぎ合わせた形状をしている。両墳丘にはそれぞれ南東に開口する横穴式石室が構築されており、東西の石室から家形石棺と組合式石棺が各1基ずつ見つかっている。6世紀後半の築造。国指定史跡、1952(昭和27)年指定。 参考資料:現地説明板 ほか

二上山西麓から伸びる丘陵上に立地する双方墳。長軸約61m・短軸約23m。方墳2基をつなぎ合わせた形状をしている。両墳丘にはそれぞれ南東に開口する横穴式石室が構築されており、東西の石室から家形石棺と組合式石棺が各1基ずつ見つかっている。6世紀後半の築造。国指定史跡、1952(昭和27)年指定。 参考資料:現地説明板 ほか
| 所在地 | 大阪府南河内郡太子町大字山田 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
工事やってるから今は上れないよ。
桜は全滅。かつての情景はもう戻らない。太子町がようやく調査成果をサイトに上げたのは良いが、古墳の周辺環境は大きく変わってしまった。もっとも、整備事業で植栽予定というから、将来に期待するしかない。
東側方墳での調査で人頭大の閉塞石が複数確認。写真等は2021年3月9日より太子町役場で閲覧可能。
説明板を探しても見つからず。一帯がシートに覆われていて、ああ、ここは調査中なんだと悟った。西墳丘石室も見られなかった。
石棺のそばに立つ。歴史の重みが伝わってくる。二子塚から見える推古天皇陵は息をのむほど美しい。