概要
現状で南北約70m、東西約40m、高さ約5mの古墳。足柄平野の東端、千代台地の南東端に立地し、森戸川の西岸にある。発掘調査により、古墳の築造に使用される版築による盛土が確認され、古墳と判断された。主体部や周溝は確認されていないが、築造年代は前期と推定される。

現状で南北約70m、東西約40m、高さ約5mの古墳。足柄平野の東端、千代台地の南東端に立地し、森戸川の西岸にある。発掘調査により、古墳の築造に使用される版築による盛土が確認され、古墳と判断された。主体部や周溝は確認されていないが、築造年代は前期と推定される。
| 所在地 | 神奈川県小田原市千代 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
現地での目視と航空写真いずれでも前方後円墳の特徴が明らかで、樹齢を重ねた蜜柑の樹が墳丘全体を覆う中、その規模の大きさが「大藪」という地名の由来を物語っている古墳である。
巨大な塚が眼前に広がっているのに、その形状は歳月に蝕まれ、もはや古墳の面影さえ失われていた。段々畑のように改変された頂部は柑橘園と化し、側壁は土砂崩れの寸前までに劣化している光景に、時の無情さを感じずにはいられない。