概要
古墳時代後期~終末期の群集墳。6世紀後半~7世紀末に築造された古墳9基(うち2基が吉岡町指定史跡)が現存、かつては100基以上存在したようである。2010(平成22)年、A~F号古墳の集中する範囲が古墳公園として整備され、A~E号古墳については石室内部が観察できるようになっている。石室の形態などから築造順は、C号(6世紀後半)→D号(7世紀前半)→B号(7世紀中頃)→A号(7世紀後半)→E号(7世紀末)と推定されている。

古墳時代後期~終末期の群集墳。6世紀後半~7世紀末に築造された古墳9基(うち2基が吉岡町指定史跡)が現存、かつては100基以上存在したようである。2010(平成22)年、A~F号古墳の集中する範囲が古墳公園として整備され、A~E号古墳については石室内部が観察できるようになっている。石室の形態などから築造順は、C号(6世紀後半)→D号(7世紀前半)→B号(7世紀中頃)→A号(7世紀後半)→E号(7世紀末)と推定されている。
| 所在地 | 群馬県北群馬郡吉岡町大字南下字大林 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
南下古墳群が県指定文化財となる運びとなったのは、古墳の石室に遺された朱線やしっくい加工跡が、同時期の畿内以外ではほぼ類例のない痕跡だったからである。飛鳥の工人たちが現地に招かれ、高度な技術で施工したこの群は、古代における群馬の政治的重要性と中央との密接なつながりを物語る貴重な証拠となり得るのだ。