概要
全長93mの前方後円墳。長野盆地では森将軍塚古墳に次いで大きい。後円部直径42m、高さ8.3m、前方部幅32m。前方部、後円部にそれぞれ竪穴式石室をもつ。石室の軸は両方とも墳丘の主軸と一致する。安山岩の割石小口積み。後円部石室長さ10.3m、幅1.8m。内側は朱塗り。前方部石室長さ2.7m、幅1.2m。 麓の布制神社には、ここから発掘された銅鏡、勾玉5点、管玉9点、異形琴柱形石製品2点、銅鏃が伝わり、小島田の長野市立博物館で見ることができる。また、鏡については42面出土という記録があり、全国的にみてもとても多い。現存は6面だが、どの記録からしても少なくとも25面以上はあったとみられる。「信濃奇勝録」などによると出土品は方格規矩鏡、素文鏡、銅鏃17点、碧玉製車輪石、軸型石製品(7.0cm)、筒型銅器(長さ10.6cm、口径3.0cm)2点とその中の棒(8.2cm)、金環7点、管玉106点、水晶製切子玉(長さ2.7cm、幅1.2cm)5点、小玉558点。 現存する鏡6面について、前漢系の異体字日月銘内行花文鏡(直径11.8cm)1面、内行花文鏡(直径7.4cm)2面、珠文鏡(直径7.6cm)2面、変形文鏡1面。異体字日月銘内行花文鏡には18文字が刻まれていたが、ほとんどが摩耗し、日月内以光の5文字のみ解読された。異体字日月銘内行花文鏡以外は日本仿製鏡。鏡の保存状態は極めて良い。 大王の交代を見ると姫塚、森、川柳、倉科、土口、中郷、有明山、越村の順に継承された。姫塚古墳が前方後方墳で、他の7基が前方後円墳。前方後円墳7基の大きさと年代はきれいに比例してだんだんと小さくなっていく。 舗装路の途中には陪塚群がある。
