概要
4基が現存する平沢古墳群の1基。通称を開山岩屋という。墳丘の規模や形は不詳であるが、横穴式石室の一部で遺体を納めた後室が現存する。 入口の玄門を精美に加工する特徴から、7世紀中葉~後半頃(古墳時代終末期)の築造が推測される。なお、この玄門の形が蓮弁を表現したもので、仏教の影響を受けているとする見解もある。 また、傍らに「法華一字一石経 雲外謹書」と刻まれた石柱が立ち、この古墳が一字一石経塚として再利用されたことがわかる。江戸時代にこの近くにあった東寿寺という寺院の存在を伝える遺品でもある。
