概要

成島(なりゅう)楯のあったあたりに所在する。明治40年4月、扁平な石材を組み合わせた箱式石棺が掘り出された。その中から数個の管玉と小型磨製石斧が出土したとのことであるが、磨斧については縄文時代の遺物であるため、後に混入したものと推定される。1基もしくは2基以上存在したことが、当時の模様を伝える話から推察される。著しい墳丘を有せず、地表面より出土した。付近はやや微高地を呈している。 古墳時代後期の古墳と推定される。 山形県遺跡番号:210-159 〔参考資料〕 天童市史別巻上 地理・考古編(天童市編さん委員会 昭和53年11月1日) 天童市押切遺跡—都市計画道路柏木久野に掛かる埋蔵文化財調査報告書—(天童市建設部 押切遺跡緊急発掘調査団 平成13年3月)

基本情報

所在地山形県天童市
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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