概要
弥生時代後期~古墳時代中期を中心とする住居、集石、割竹型木棺墓などの複合遺跡である。東西105m、南北58m、標高329.66mの自然残丘で、現水田との標高差は7~10mを測る。 本遺跡からは鉄剣、土器、ガラス小玉など縄文時代から弥生時代の出土品が多く認められ、特に鉄剣は東アジアで初出土した遺跡として全国的な学術価値を有する。根塚周辺の積石塚分布状態から判断すると、根塚の石積は人為的に河原石を運搬・構築されたもので、積石塚の可能性が高いとみられる。根塚全体における鉄剣の位置づけを検討する際には、近隣に位置する渡来系要素の強い朝日ゴウロ古墳および合掌形石室を有する和栗古墳との関連性も考慮する必要があるとのことである。(木島平村HP) 1995(平成7)年度から1999(平成11)年度にかけての県営担い手育成基盤整備事業に伴い大区画ほ場整備が計画された際、その区域内に存在していたが、調査結果に基づき保存が図られた。史跡指定は2005(平成17)年3月28日、鉄剣等を含めた出土品の県指定文化財認定は同年9月26日である。 出土した鉄剣は柄頭およびサーベル型の把先に渦巻文を有する国内唯一の例であり、当時国内では本技術を有しなかったため、加耶地方からの舶載品と推定される。 1号剣:長さ56cm、幅34mm、厚さ8mm 2号剣:長さ74cm、幅35mm、厚さ10mm
