概要
霞ヶ浦北の台地に築かれている前方後円墳。墳丘長57.0m、後円部径29.1m・高さ7.2m、前方部長さ27.9m・幅24.0m・高さ7.2m。出土品に円筒埴輪などがある。

霞ヶ浦北の台地に築かれている前方後円墳。墳丘長57.0m、後円部径29.1m・高さ7.2m、前方部長さ27.9m・幅24.0m・高さ7.2m。出土品に円筒埴輪などがある。
| 所在地 | 茨城県小美玉市下玉里 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 前方後円 |
| 墳長 | 74m |
| 後円部 | 径径34m |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
現地で見た時は茂った木々が邪魔で、正体が掴めずじまいだった。結局、帰ってから地理院地図の資料を眺めることになった。1961年の航空写真と色別標高図でようやく前方後円墳の姿が浮かんだ。当時はまだ道路で削られてなく、形もはっきり残っていたらしい。 古墳の実像を知るには現地踏査だけでは不十分。当初、繁茂した樹木に視界を遮られたが、歴史的な航空写真と地形データを活用すれば全体像が明らかになる。1961年段階では、現在の破損前の完全な前方後円墳の輪郭が記録されていた。 訪問時、生い茂った樹海に心が折れた。だが、地理院の古い航空写真を見た瞬間、その苦労が報われた感じがした。1961年の時点で、未だ道路の蚕食を免れていた整った前方後円墳の姿。そういう貴重な記録が残っていることに感動した。 2023年12月の現地訪問は失敗に近かった。草木に阻まれ詳細が見えない。だが事後の地理院地図活用で状況は変わった。1961年航空写真に映る、道路掘削前の鮮明な前方後円墳形態。そこに古墳の本来の姿があった。 樹木が大繁茂していて、現地では古墳を視認できなかった。後に地理院の1961年航空写真と標高図から、道路被害を受ける前の完