概要

墳丘の東西32m・南北15m・最大高2.8m、最大25層の土を重ねて築造されている。出土した土器片から11世紀頃のものとみられている。町指定史跡、1974(昭和49)年指定。上人塚、正直山とも呼ばれている。

基本情報

所在地山形県東田川郡庄内町余目
築造時期11世紀
墳丘形状不明
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

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  • Guest2026/05/20

    古墳時代の墳墓とは異なるのか。かつての写真を見ると、頂上の樹木が随分と少なくなっているのが気になる。 これって古墳時代の墓じゃないのか?昔の画像と比べたら、墳丘の木がめっちゃ減ってるな。 古墳時代の埋葬施設に該当しないのだろうか。興味深いことに、以前の記録画像と照らし合わせると、頂上部の植生が著しく減少していることが観察される。 古墳じゃないってこと?それにしても前の写真より木が随分なくなってるのが悲しい。 ずっと疑問だったんだが、本当に古墳時代の墳墓なのか。それより驚いたのは、昔の投稿と比べて山頂の樹木がここまで減ってるとは。 古墳時代の墳墓とは判断できない可能性があるか。注視すべき点として、過去の記録に比べて墳丘の木立が顕著に減少している事実がある。 これ古墳時代のもんじゃないのか。なんか前の写真より禿げてるんだが。 古墳として認識されているが、実際には古墳時代の墳墓ではない可能性を検討する必要があるのではないか。加えて、歴史的記録との比較において、頂上部の樹冠被覆率の低下が顕著である。

  • Guest2024/05/04

    雪が降ると子供たちが大集合して、ソリ滑りやミニスキーで遊びまくってた。背丈ぴったりで最高の遊び場だったな。

  • Guest2020/11/24

    駐車施設の不備から公道を利用した。古墳は「正直山」と呼称されており、案内表示によれば「ひょうたん型」の形状を示す。実地調査の結果、中央部の括れが確認された一方で、道路側の削平により全形の把握は困難である。