概要
明治12年頃の国道改修工事の際崩され割竹型木棺が出土したと伝えられている。径20m前後の円墳で約100mの間隔で2基並んでいたという。昭和27年頃の土地改良工事で削平された(上遠矢塚古墳調査報告書 天童市 上遠矢塚古墳調査団 1978年11月1日より)。明治初年の地籍図にその存在を確認するのみとなっている(天童市押切遺跡ー都市計画道路柏木久野本線整備に係る埋蔵文化財調査報告書ー天童市建設部都市計画課 押切遺跡緊急発掘調査団 平成13年3月より)。古墳時代の古墳と推定。 山形県遺跡番号:210-189 火矢塚古墳2号墳について情報をお持ちの方、ぜひコメント欄に情報をお寄せください!
