概要
正式な調査がされていないため、墳丘の形や副葬品はあきらかではありない。八幡神社から西へ坂を上って行き、左にあるコンクリートの橋を渡り、そのつきあたりの左側にありる。古墳直前がきつい道なので八幡神社のあたりで車を止めて歩くことをお勧めしる。 2015/03追記 古墳が4箇所見つかっており、古墳群へ変更した。 開口しているのが4号墳で写真の道の北側の古墳は1号墳のようである。

正式な調査がされていないため、墳丘の形や副葬品はあきらかではありない。八幡神社から西へ坂を上って行き、左にあるコンクリートの橋を渡り、そのつきあたりの左側にありる。古墳直前がきつい道なので八幡神社のあたりで車を止めて歩くことをお勧めしる。 2015/03追記 古墳が4箇所見つかっており、古墳群へ変更した。 開口しているのが4号墳で写真の道の北側の古墳は1号墳のようである。
| 所在地 | 岐阜県海津市南濃町 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
古墳を後にする際、角を曲がった直後の道路脇北側で思わぬ発見があった。土中に佇むそれは、明らかに人の手による構造物。おそらく知られていない古墳であろう。石室は劣化が著しく、天井部分は既に崩落し、土砂による侵食は急速に進行中である。このままでは数年以内に地表からは消滅するに違いない。北方へ延びる羨道の痕跡は依然として識別可能で、北側へ回り込むと明らかな段差が現れ、そこが封土への入口であることは疑いない。