概要

玄界灘に浮かぶ島・相島の海岸線沿いに分布する積石塚群。古墳時代中期~後期にかけて造られた円墳や方墳など総数250基が島の北東部・長井浜に分布している。埋葬施設は竪穴式石室や横穴式石室で、副葬品には玉類や鉄製品などがある。国指定史跡、1922(大正11)年指定。

基本情報

所在地福岡県糟屋郡新宮町相島
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
-

みんなの口コミ

3
  • guest2025/08/06

    400年に高句麗との戦いで負けた日本。阿曇族の磯良を含む戦死者20数人が志賀島に一度集められて、最終的に相島の北側に埋葬されたんだ。その墓地、まだ見つかってないんだよ。積石塚や剣神社、丸東山との繋がりを調べたら何か出てくるかもな。

  • guest2012/11/09

    阿恵一族、実は新羅からの亡命者だったんだよ。このお墓がその証。後に粕屋町阿恵に交易拠点を作ったらしい。ヒコホデミの命が亡くなった時、島の中央部に巨大な円墳を造成。それが今の高妻宮、権現山だ。発掘されたら日本の歴史が変わるかもって言われてるけど、未発掘のままなんだ。

  • guest2011/03/22

    新宮町の古墳群調査進行中。石ゴロゴロだから、靴は丈夫なやつを用意した方がいい。