概要
神坂峠(標高1595m)は、信濃と美濃の国境にあって、古東山道一の難所だった。 当時は死者が出ることもあり、安全に峠を越えるための祭祀を行っていた。 出土品は石製模造品(剣形310点、鏡形1点、有孔円板49点、無孔円板3点、刀子形3点・斧形1点、鎌形、馬形2点、勾玉4点、管玉、棗玉、臼玉863点、小玉3点)、碧玉製管玉21点、棗玉1点、ガラス小玉29点、刀子3点、槍鉋3点、鉄鏃2点、鉄斧1点、獣首鏡片、須恵器、土師器。このほか玉類の未成品が複数見つかり、一部がそこで作られていたと想定される。 阿智村の行った調査地区の中央西寄りの部分で、径約4m、高さ0.7mの積石塚の遺構が発見されている。積石塚の周辺部に特に遺物が集中し、この積石塚自体が祭祀における手向けの場としての役割をもつものであったことを示すという見方がある。 神坂峠遺跡は、古墳時代の中期以降石製模造品を主体とする峠神祭祀の場として国指定史跡となった。祭祀関係遺物は他の時代を含め総数1300点余に達する。 奈良時代に中山道が開通して以降は神坂峠が使われなくなったが、現在は中央自動車道がトンネルで通っている。
