概要
鹿嶋市の古墳の多くが北浦沿いの台地上に分布しているのに対し、海側に築かれた珍しい古墳群。鹿島町史(1972)中の分布図には15基の円墳が記載されているが、その後消滅したものもあるとみられる。

鹿嶋市の古墳の多くが北浦沿いの台地上に分布しているのに対し、海側に築かれた珍しい古墳群。鹿島町史(1972)中の分布図には15基の円墳が記載されているが、その後消滅したものもあるとみられる。
| 所在地 | 茨城県鹿嶋市大字清水字竜蔵荒句190外 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
富士神社周辺の台地端には、デジタルマップに未掲載の古墳が複数存在する可能性が高い。地図上の地点は、たまたま植生管理により視認できた1基の位置に過ぎず、周辺の道路沿いにも古墳と思しき地形的な隆起が複数箇所観察されるものの、目視では判断材料に乏しい。加えて、大半の地域は藪の繁茂により実地調査が極めて困難な状況である。