概要
標高約190m、山上の独立丘陵に立地する前方後円墳。全長約110m。後円部径約68m・高さ約14m、前方部幅約87m・高さ約14m、3段築成で葺石・埴輪を備え、周囲には濠がめぐる。後円部墳頂で竪穴式石室が見つかっており、2面の銅鏡や鉄剣、鉄刀、鉄鏃などが出土した。5世紀前半の築造。国指定史跡、1934(昭和9)年指定。公園内に保存・整備されている。 参考資料:現地説明板 ほか

標高約190m、山上の独立丘陵に立地する前方後円墳。全長約110m。後円部径約68m・高さ約14m、前方部幅約87m・高さ約14m、3段築成で葺石・埴輪を備え、周囲には濠がめぐる。後円部墳頂で竪穴式石室が見つかっており、2面の銅鏡や鉄剣、鉄刀、鉄鏃などが出土した。5世紀前半の築造。国指定史跡、1934(昭和9)年指定。公園内に保存・整備されている。 参考資料:現地説明板 ほか
| 所在地 | 兵庫県朝来市桑市 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
船穂足尼(すくね)が埋葬されていると伝わる。郡内の始祖とされ、開化天皇→彦坐主王→若筒木王→船穂足尼(但馬国造)という系譜。子孫には日下氏、日下部氏、朝倉氏(越前朝倉氏の祖)などがいる。これは九条家の文庫から発見された「粟鹿大明神元記」(708年作成とされる)に記載。門脇禎二氏によると、足尼・足奴・宿祢はいずれも氏の始祖に付された称で、南但地方を統治した一族の祖神だった可能性がある。