概要
標高50~52m、丘陵北端部に立地する古墳。東西19m・南北21mの方丘部の南辺に突出部が付く前方後方形で、葺石や埴輪は確認されていない。方丘部中央に掘られた墓坑の中から組合式木棺が見つかり、銅鏡や銅釧、勾玉、管玉、ガラス小玉などが出土した。3世紀前半の築造。国指定史跡、1989(平成元)年指定。翌年、出土品も国の重要文化財・考古資料に一括指定された。古墳とその周辺は史跡公園として整備され、墳丘復元施設や体験学習広場などが設けられている。(現地案内板)

標高50~52m、丘陵北端部に立地する古墳。東西19m・南北21mの方丘部の南辺に突出部が付く前方後方形で、葺石や埴輪は確認されていない。方丘部中央に掘られた墓坑の中から組合式木棺が見つかり、銅鏡や銅釧、勾玉、管玉、ガラス小玉などが出土した。3世紀前半の築造。国指定史跡、1989(平成元)年指定。翌年、出土品も国の重要文化財・考古資料に一括指定された。古墳とその周辺は史跡公園として整備され、墳丘復元施設や体験学習広場などが設けられている。(現地案内板)
| 所在地 | 京都府城陽市寺田大谷 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
現地の北東棟に設けられた解説コーナーではレプリカが展示されており、さらに北側のジオラマを見学すれば周辺古墳群の全体像が把握できる。3世紀前半の築造と推定されるこの墳丘からは、通常の貝製・石製の副葬品ではなく極めて稀な銅釧が出土した点が特筆される。S字甕の破片も検出されており、東海地方との交流を示唆する証拠となっている。発掘品一式は城陽市歴史民俗資料館で常設展示中である。
都市化に飲み込まれた古墳群の一つで、13号墳はビルの谷間に埋もれていた。全体像を捉えることは叶わなかったものの、地上から仰ぎ見る視点が独特の魅力を放っていた。興味深いことに、同じ群の9号墳は校舎の敷地内に組み込まれているという。