概要
1辺約25mの方墳。かつて墳丘上には公園名の由来となった松の巨木があったが、枯れてしまったとみられる。4世紀後半~5世紀初頭の築造。県指定史跡(津袋古墳群)、1976(昭和51)年指定。

1辺約25mの方墳。かつて墳丘上には公園名の由来となった松の巨木があったが、枯れてしまったとみられる。4世紀後半~5世紀初頭の築造。県指定史跡(津袋古墳群)、1976(昭和51)年指定。
| 所在地 | 熊本県山鹿市鹿本町津袋 |
|---|---|
| 築造時期 | 4世紀後半~5世紀初 |
| 墳丘形状 | 方墳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
四世紀における和邇氏の津袋古墳群築造に関連して、本古墳が最も顕著な遺構として位置付けられる。被葬者は、二世紀末の倭国大乱において戦死した日高彦であると推定される。葬制の形態に着目すると、縄文海人ムナカタ族系の和邇氏は円墳を採用し、対照的に日本海沿岸の族団統率者たる出雲・丹波王は方形墓を採用した点が指摘される。