概要
長糸小学校南方の荒毛の丘で発見された全長約68mの前方後円墳である。主軸を東西に設定し、西側に前方部を向ける。主体部は未調査であるが、後円部墳頂に所在する祠の石材には赤色顔料が残存しており、石棺材の可能性を有する。築造時期は4世紀末頃とみられる。

長糸小学校南方の荒毛の丘で発見された全長約68mの前方後円墳である。主軸を東西に設定し、西側に前方部を向ける。主体部は未調査であるが、後円部墳頂に所在する祠の石材には赤色顔料が残存しており、石棺材の可能性を有する。築造時期は4世紀末頃とみられる。
| 所在地 | 福岡県糸島市川付 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
長嶽山1号墳に先立つ時期の築造で、伊都地域における長野川流域では一貴山銚子塚古墳の完成後から釜塚古墳の建設前という限定的な時間幅に位置している。地理的には福岡と唐津を結ぶ歴史道路と佐賀方面への重要な通路である長野峠が交わる戦略的な地点に立地していた。