概要

江戸時代の絵図には9基の古墳が記載されており、「九ツ塚」と称されていたが、現在は5基のみが現存する。古墳群は公園として整備され、説明板および遊歩道が設置されている。 ・1号墳:東西17.10m、南北15.00m、高さ3.30mの円墳である。 ・2号墳:東西12.00m、南北11.28m、高さ3.11mの円墳である。 ・3号墳:東西3.30m、南北6.54m、高さ1.28mの円墳で、墳丘の一部が崩壊した際に直刀1振が出土した。 ・4号墳:東西5.16m、南北6.66m、高さ1.58mの円墳である。 ・5号墳:東西11.82m、南北15.42m、高さ2.92mの円墳で、南側の竪穴式石室および北側に隣接する箱式石棺が検出されている。南側の石室は全長2.78m、全幅0.85m、深さ現存0.6mを測り、蓋石が抜き取られているものの、床面から鉄剣および鉄鏃3本が出土した。北側の石室は2~3cmの薄い板石を組み合わせた箱式石棺で、未盗掘の状態を保つ。石室および石棺はいずれも5世紀の築造と推定される。 既に消失した6号墳からは環頭太刀1振、直刀4振、曲玉10点、管玉12点、小豆玉12点、丸玉1点、金環7点、鉄鏃50本が出土し、出土遺物は熊野神社および日下部家に所蔵されている。出土遺物の一部は近隣の学習センターにて展示されている。 古墳群の被葬者は不明であるが、赤保木町が大野郡三枝郷に比定されることから、仁徳朝に当地へ到来した大猾王に始まる三枝宿祢と関連するものの可能性が考えられる。

基本情報

所在地岐阜県高山市赤保木町
築造時期5世紀と推定
墳丘形状円墳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品【武器】①鉄剣2、鉄槍1
②箱形石棺

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