概要
烏川左岸の台地上に立地する直径約40m・高さ約6mの円墳で、墳頂下に構築された粘土槨とみられる埋葬施設から内行花文鏡・勾玉・管玉・鉄鏃などが出土した。4世紀末の築造。古墳名は、1582(天正10)年の神流川合戦で戦国武将・滝川一益がこの場所に本陣を置いて采配を振るったことに由来する。別名・御幣山古墳。町指定史跡、1966(昭和41)年指定。 『上毛古墳綜覧』掲載名:玉村町1号古墳 参考資料: 群馬県教育委員会『群馬県古墳総覧』2017年5月 現地説明板 ほか

烏川左岸の台地上に立地する直径約40m・高さ約6mの円墳で、墳頂下に構築された粘土槨とみられる埋葬施設から内行花文鏡・勾玉・管玉・鉄鏃などが出土した。4世紀末の築造。古墳名は、1582(天正10)年の神流川合戦で戦国武将・滝川一益がこの場所に本陣を置いて采配を振るったことに由来する。別名・御幣山古墳。町指定史跡、1966(昭和41)年指定。 『上毛古墳綜覧』掲載名:玉村町1号古墳 参考資料: 群馬県教育委員会『群馬県古墳総覧』2017年5月 現地説明板 ほか
| 所在地 | 群馬県佐波郡玉村町大字角渕 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
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