概要
鏡野町最古の前方後円墳である。墳長43m、後円部径28m、前方部長15m、前方部幅22mを測る。1909年の発掘により中国製鏡が出土し、注目されるようになった。 埋葬施設は竪穴式石槨と推定される。出土遺物として、中国製の三角縁四神四獣鏡・平縁半円方形帯神獣鏡、仿製の三角縁四獣鏡3面のほか、鉄剣・鉄鏃がある。 町史編纂のための測量調査により、前方部が撥形に開く前方後円墳であることが明らかとなった。外部施設として葺石の存在が推定されるが、埴輪は未確認である。 築造時期は、仿製鏡の出土と前方部が撥形に開く古い形態から4世紀頃と推定される。 本古墳は郷川流域に本拠地を置き、赤峪古墳と同様に香々美川流域をも配下においた首長の墓と考えられる。 (現地案内板)
