概要
吉川八幡神社から県道を挟んで、北東側にある忠霊社奥の山頂に位置。前方部を北東に向ける帆立貝式の前方後円墳。後円部径26m、高さ5m、前方部長さ10~12m、周溝残存とされる。 【以下現地説明文】 古墳時代後期(1400年位前)のものである。吉備高原北部に位置する古墳としては有数の大型墳であり、横穴式石室を有するものと想像される。形式は帆立貝式で南面しており、北側は帆立貝の縁を半円形に引きまわしている。 明治末年の頃、神獣鏡と埴輪が出土したといわれる。伝説によれば、大吉備津彦命が鬼の城にいる温羅を鎮圧された時、その臣として活躍した吉川の人物楽々森彦という人物を葬っているという説もある。
