概要
かつて三保町の丘陵上にあった前方後円墳で、水田からの比高30m、方位N171度W、周濠(後円部北側の裾部)、総長30m、墳長28m、後円径11.5m・高2m・頂径4m、前方幅11.5m・長9m、くびれ幅4mである。1979年宅地造成のため消滅。(主体部)後円部(西側に開口)、横穴式石室(袖無式)、泥岩切石積、長2.1m・幅1.08m、主軸との関係:N91W(ほぼ直交)、乱掘:天井石が抜かれていた。 集成、埴輪(円筒埴輪V式+動物埴輪(馬形埴輪)+人物埴輪)+大刀3+長茎広身式鉄鏃4+長柳葉形鉄鏃39+土師器(杯3)+須恵器(ハソウ+甕)。 集成、1978年、日本窯業史研究所が調査。
