概要
玉村町八幡原の関越自動車道側道沿いに所在する古墳である。現在の墳丘形は半円形を呈するが、破壊前の地主証言、確認された埴輪列の形状・向き、および墳丘周辺の区画遺構から、残存部分は後円部を東に向けた全長50m程度の前方後円墳の前方部一部と推定される。関越自動車道開通に伴い西側の下郷遺跡群が発掘調査され、その際に前方部先端付近の周濠が調査区内に入ったことから下郷SZ37と命名された。調査成果から、築造年代は6世紀中頃前後と推定される。

玉村町八幡原の関越自動車道側道沿いに所在する古墳である。現在の墳丘形は半円形を呈するが、破壊前の地主証言、確認された埴輪列の形状・向き、および墳丘周辺の区画遺構から、残存部分は後円部を東に向けた全長50m程度の前方後円墳の前方部一部と推定される。関越自動車道開通に伴い西側の下郷遺跡群が発掘調査され、その際に前方部先端付近の周濠が調査区内に入ったことから下郷SZ37と命名された。調査成果から、築造年代は6世紀中頃前後と推定される。
| 所在地 | 群馬県佐波郡玉村町八幡原 |
|---|---|
| 築造時期 | 時期不詳 |
| 墳丘形状 | 不詳 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
訪問時は雑草が生い茂っていて墳丘の姿を捉えられなかったものの、衛星画像では明瞭に映っていた。