概要
全長約90m。後円部の上に本殿あり。2007(平成19)年に名古屋市教育委員会が試掘調査をしており、周濠の存在があきらかになった。その際に埴輪片が発見された。 「金鯱九十九之塵」巻第57に、1785(天明5)年梅雨で墳丘の一部が崩れて埋葬施設が露出し、人骨、直刀、鎧、土器が発見されたが、後に埋め戻したとある。土師質円筒埴輪。 名陽旧覧図誌の巻之二には円筒埴輪列がめぐる様子が描かれている。 築造年代は5世紀中ごろから後半と考えられる。

全長約90m。後円部の上に本殿あり。2007(平成19)年に名古屋市教育委員会が試掘調査をしており、周濠の存在があきらかになった。その際に埴輪片が発見された。 「金鯱九十九之塵」巻第57に、1785(天明5)年梅雨で墳丘の一部が崩れて埋葬施設が露出し、人骨、直刀、鎧、土器が発見されたが、後に埋め戻したとある。土師質円筒埴輪。 名陽旧覧図誌の巻之二には円筒埴輪列がめぐる様子が描かれている。 築造年代は5世紀中ごろから後半と考えられる。
| 所在地 | 愛知県名古屋市中区新栄3丁目 |
|---|---|
| 築造時期 | 後期 |
| 墳丘形状 | 前方後円 |
| 墳長 | 70m? |
| 後円部 | 径径47m? 高6m |
| 前方部 | 幅50m? |
| 出土品 | 1785(天明5)年、鉄刀・鎧出土といわれる。 |
| 棺 | - |
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