概要

高畠から米沢街道を南下して亀岡地先に入った直後、道の東側に接する小山に所在する。南傾斜の果樹園内に位置する。西方には東置賜の水田地帯が開け、東方には文殊山に連なる山々を望む。土地所有者は高畠町大字塩森の遠藤文平氏。地目は畑である。この中に1基の横穴石槨が現存する。昭和6・7年頃の果樹園開墾以前は、上部に巨大な蓋石があったと伝えられるが、現在は失われている。南方の緩い傾斜面に立ち、南南東に開口する。南側壁と奥壁が確認でき、いずれも凝灰岩の一枚石を用いている。南側壁間の距離は4.95尺の規模である。玄室内に周辺から混入した石が堆積しているため、高さや平面形の詳細を明らかにすることはできないが、奥壁から表口入口までは6尺6寸以上あったと推察される。この地方としては平均的な大きさといえる。元の墳態は明らかでなく、昭和6・7年頃には既に蓋石上に盛土が見られなかったことから、流失は早期に生じたものとみられる。現状では傾斜面における一つの盛り上がりとなって墳丘の遺存を留めている。 飛鳥・奈良時代の古墳と推定される。 山形県遺跡番号:381-160 (『山形県の古墳』柏倉亮吉 山形県教育委員会 昭和28年3月31日) (山形県遺跡地図)

基本情報

所在地山形県東置賜郡高畠町亀岡
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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