概要

高畠町の南西、養鯉で有名な鈴沼の両方に位置する。本町の古墳は九五パーセントが北方、南面する山麓ないし、山腹に築造されているのに対し、石堂山古墳の立地は異例である。当時中学生の安部良一君によって発見されたものである。形態は山寄法による、横穴式円墳である。乱掘の痕跡はなく、プライマリーな状態で被埋葬者の副葬品が採集される。「ひらづくり」の太刀六振、鎌一点、金環四点である。本町出土のうち最も原形に近い形を呈する太刀である。柄頭の形態は不明であるが、恐らく刃身より推考するに方頭太刀に近いものであろう。又、山形県下において二点目の鉄鎌である。現存するのは基部のみであるが貴重である。勿論本町において初めての出土品である。 築造の形態、副葬品より、本古墳は古墳時代終末期に造られたと考えられる。 山形県遺跡番号:381-135 【引用・参考文献】 ・佐々木洋治 昭和46年3月31日発行 高畠町史 別巻考古学資料篇 高畠町文化財史編集委員会 高畠町史編纂委員会 ・山形県・山形県教育委員会 1987年 寝鹿・契約壇遺跡発掘調査報告書 山形県埋蔵文化財調査報告書112集 ・山形県遺跡番号 ・山形県遺跡地図 *古墳について情報をお持ちの方お寄せ下さい。写真もぜひ!

基本情報

所在地山形県東置賜郡高畠町
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

1
  • Guest2024/01/02

    石堂山古墳の痕跡を求めて現地を歩いてみた。西と南から高畠石造の階段で登ると、中腹には古びた墓石が密集していた。北端のえぐれた地形が遺跡なのか、それとも単なる地形変化なのか判別しがたい。頂上へは整備された散策路が続いており、ただし野生イノシシの活動跡が点在するため、単独歩行には注意が要る。