概要
墳丘長約68mの前方後円墳で、丘陵の尾根上に築かれた向山古墳群の最西端に位置する。 詳細な発掘調査は行われていないものの、1998~2014年の調査で、後円部頂で板石による竪穴式石槨が確認されるとともに、墳丘からは古墳時代前期とみられる土器片が出土していること等から、古墳時代前期(4世紀)の大型前方後円墳と認識され、南西に約2.7㎞、函南町平井の瓢箪山古墳(全長87mの前方後円墳)と伴に従来の駿河湾岸域における前方後円墳の築造編年の認識に見直しを迫るもののとみられる。

墳丘長約68mの前方後円墳で、丘陵の尾根上に築かれた向山古墳群の最西端に位置する。 詳細な発掘調査は行われていないものの、1998~2014年の調査で、後円部頂で板石による竪穴式石槨が確認されるとともに、墳丘からは古墳時代前期とみられる土器片が出土していること等から、古墳時代前期(4世紀)の大型前方後円墳と認識され、南西に約2.7㎞、函南町平井の瓢箪山古墳(全長87mの前方後円墳)と伴に従来の駿河湾岸域における前方後円墳の築造編年の認識に見直しを迫るもののとみられる。
| 所在地 | 静岡県三島市谷田665-30 |
|---|---|
| 築造時期 | 3世紀中頃 |
| 墳丘形状 | 前方後円 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | 土師器壺 |
| 棺 | - |
16号墳の異様な高まりは一見、自然の地形では説明がつかない。山裾という立地にもかかわらず、山頂の古墳群から距離を置いて構築された点が、この墳丘の特異性を際立たせている。発掘調査の成果から、16号墳が当該群内で最終段階の造営であることが明らかになり、隣接する大場川との関係性も痕跡として残されていることが知られている。
地形の変化から古墳の可能性が指摘されていた向山古墳群16号墳だが、正式な調査により前方後円墳としての性格が確定し、田方地域が大和政権とどう結びついていたかを知るための貴重な手がかりとなった。