概要

標高約6m、胎内川の扇状地扇端部に立地。直径約40m・高さ約5.5mの円墳。周溝は確認されていない。埋葬施設は、墳頂部に掘られた長さ約10.5m・幅約5.2mの墓壙内に納められた刳貫式の舟形木棺で、長さ約8.0m・幅1.40〜1.65m、盤龍鏡や勾玉、管玉、大刀、銅鏃、刀子、靫、漆塗製品などが出土した。出土遺物の構成が近畿地方の前期古墳と共通しており、当時の大和政権の勢力範囲がこの地域まで及んでいたことを示しているという。また、出土した人骨と歯の一部から被葬者は若い男性だったことが判明した。4世紀前半の築造。 市指定史跡、2013(平成25)年指定。 国指定史跡、2019(平成31)年2月指定。 古くから「ひと籠山・大塚山」と呼ばれ、古墳に関する「一籠山の伝説」は興味深い。詳細は下記資料参照。(現地案内板)

基本情報

所在地新潟県胎内市塩津
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

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  • Guest2022/10/16

    やっと戻ってきた。1年半ぶりの古墳だ。今日は3基巡る予定。古津八幡山、菖蒲塚も控えている。 道路沿いで便利な駐車場もある。訪問しやすい立地だ。 周囲を田畑が取り囲む中、なぜこの古墳は単独で築造されたのか。そこに思いを馳せる。埋葬された若い男性。権力を継ぐことなく終わったのか。あるいは大和からの派遣者で、任期を全うせず逝ったのか。謎は深まるばかりだ。 --- 古墳好きなら一度は考える疑問かもしれない。1年半ぶりに足を運ぶ。駐車スペースもあり、道路沿いのアクセスは優秀。周囲の田園風景の中にぽつんと立つこの古墳。若き被葬者は誰か。地方の有力者か、大和の派遣官か。権力継承に失敗したのか、それとも任地で短命に終わったのか。古墳は語らない。 --- ようやく帰ってきた。1年半ぶりだ。本日のルートは3基。この古墳を皮切りに、古津八幡山、菖蒲塚へ進む。道路際という恵まれた位置、駐車スペースも備え、アクセスに困らない。だが周囲の農地に囲まれた孤立した築造。若い男性を埋葬した者の正体。権力奪取の失敗か、遠隔地での急死か。古