概要
およそ1700年前の弥生時代から古墳時代初め頃の墳墓遺跡である。全長38mの墳丘墓と箱式石棺・土壙墓・壺棺墓などで構成される集落共同墓地とみられる。 東端に位置する墳丘墓は、盛土でつくられた径23m、高さ3mの円丘部と、削平により作出された低い方形部を有し、全体として前方後円墳状の平面形を呈する。この墳丘には石が葺かれ、特殊器台が立設されていた。円丘部の中央には、円礫や割石を用いた竪穴式石室があり、鏡、銅鏃、ガラス小玉、鉄剣、鉄鏃などが副葬されていた。おそらく集落首長を埋葬したものと推定される。これに対し、周辺にある土壙墓や箱式石棺、壺棺墓などは規模も小さく簡素であり、集落民の墓と考えられる。 このような埋葬施設の規模、構造、副葬品の相違は、首長権の確立と巨大古墳造営時代への移行を示す重要な証拠である。 (現地案内板) 近くの古墳 ・宮山展望古墳 http://kofun.info/kofun/1966 ・三笠山古墳 http://kofun.info/kofun/3914
