概要
富雄川の西岸、矢田丘陵から東に派生する尾根上に立地する大型円墳。明治時代に盗掘され、玉類や鍬形石、合子、琴柱形石製品、石製模造品、有鉤釧形銅製品などが発見されたほか、この古墳から出土したとされる三角縁神獣鏡3面が存在する。4世紀後半の築造。 1972(昭和47)年の発掘調査では直径86mの円墳と報告され、墳頂部で粘土槨が発見されたほか、円筒埴輪や形象埴輪、玉類、腕輪形石製品、武器・武具、農工具、漁具、巴形銅器、筒形銅製品などが出土した。 1982(昭和57)年に行われた墳丘北東側の試掘調査では、周溝や葺石、埴輪が確認されたほか、長さ16m・幅34mの造出しが存在する可能性と古墳の直径が102m前後になる可能性が指摘された。 2017(平成29)年11月、奈良市教育委員会が航空レーザによる三次元測量を実施した結果、直径約110mで3段築成の造出し付き大型円墳であることが判明した。 2023(令和5)年1月、造出し部で木棺を粘土で覆った埋葬施設(粘土槨)が確認され、被覆粘土から類例のない鼉龍文(だりゅうもん)盾形銅鏡と、国内最大・最古となる長さ267センチの蛇行剣が出土したと奈良市教育委員会、奈良県立橿原考古学研究所が発表した。 (現地説明板) 奈良市教育委員会『現地学習会ハンドブックー日本最大の円墳ー富雄丸山古墳』2022年10月 奈良市HP、
