概要
大塚古墳出土石棺 牛窓町千手大池の北側、丘陵斜面の1枚並びの畑が大塚古墳跡と伝えられている。大池築造の際、石材の利用のため古墳が破壊され石棺が掘り出されたと伝えられる。その後、石棺の身は公法寺東寿院の書院縁側に据え置かれていたが、2006(平成18)年、東寿院の書院の建替えに伴い寄贈を受けたものである。 石棺は、兵庫県高砂市の「竜山石」製とされる刳り抜き式石棺の身部で、外法で長さ174cm、幅83cm、高さ48cmを測る。また、内法で長さ150cm、幅57cm、深さ25cmを測る。表面にはチョウナで削った加工痕が認められる。 石棺の時期は、身だけしかなく決めがたいが、大きさから7世紀代のものと推察される。瀬戸内市教育委員会(石棺前の説明文による)
