概要
小貝川の支流である小宅川右岸の丘陵平坦面および南緩斜面上に造られた総数35基、前方後円墳6基、円墳29基(内11基は削平)からなる大規模な古墳群。古墳群は亀岡八幡宮から南西の青田地区までのび、眼下には小宅川の水田地帯、遠くには芳賀富士(太平山)、さらには八溝の山並が望める。 古墳群の特徴は次の5点。 ①6世紀前半の向北原古墳群(前方後円墳3基、円墳6基)に後続して築造したこと。 ②6世紀後半、小宅川の湿地帯(芦沼)の開発に成功した有力者が築造したこと。 ③墳丘長は3~40mと小規模ながら6基の前方後円墳を築造したこと。 ④近くに所在する芦沼石(凝灰岩)を用いて精巧な横穴式石室を埋葬施設にしたこと。 ⑤前方後円墳が消滅する7世紀に入っても、大形円墳(山守塚古墳・消滅)を築造したこと。 小宅古墳群は小貝川流域ばかりか、古代東国における古墳時代後期(6世紀)からの地域史を雄弁に語る古墳群の1つと考えられる。地域開発の原点、その記念物とも云うべき古墳群一帯は、現在地元有志により見学し易いよう整備されている。桜や菜の花が咲きほこる春には多くの人達が訪れている。(益子町公式HPより)
