概要
恋瀬川左岸の台地上に立地する全長96.6mの前方後円墳。後円部径57m・高さ8.5m、前方部幅57m・高さ7.5mを測り、周溝を備える。かつて埴輪が出土したというが詳細は不明。墳丘南側の一部は削られてしまったが、その形や向きが霞ケ浦へ乗り出す舟の形に見えることから「出舟」と呼ばれている。内部構造や副葬品は明らかになっていない。6世紀初頭の築造。県指定史跡、1971(昭和46)年指定。 南西へ約300mの場所には先行して築造された舟塚山古墳「入舟」がある。 参考資料:現地説明板 ほか

恋瀬川左岸の台地上に立地する全長96.6mの前方後円墳。後円部径57m・高さ8.5m、前方部幅57m・高さ7.5mを測り、周溝を備える。かつて埴輪が出土したというが詳細は不明。墳丘南側の一部は削られてしまったが、その形や向きが霞ケ浦へ乗り出す舟の形に見えることから「出舟」と呼ばれている。内部構造や副葬品は明らかになっていない。6世紀初頭の築造。県指定史跡、1971(昭和46)年指定。 南西へ約300mの場所には先行して築造された舟塚山古墳「入舟」がある。 参考資料:現地説明板 ほか
| 所在地 | 茨城県石岡市大字北根本694 |
|---|---|
| 築造時期 | 後期 |
| 墳丘形状 | 前方後円 |
| 墳長 | 90.6m |
| 後円部 | 径径57m 高8.5m |
| 前方部 | 幅57m 高7.5m |
| 出土品 | - |
| 棺 | - |
後円部に石室または石棺らしきものが木の中にあります。
道路を挟んで舟塚山古墳の反対側にある。舟塚山に比べるとかなり小さく見えるが全長約100m。墳丘に登ると斜面の一部が崖状に削られていて、デコボコが目立ち不整形に見える。民家が隣接していて古墳が哀れだ。