概要

標高約10m、東京湾を臨む台地上に立地する全長87.5mの前方後円墳。後円部径50m、前方部幅54.5m、高さ約8m、2段築成で埴輪を備える。葺石は確認されていない。墳丘の周囲には盾形の濠が存在すると思われる。埋葬施設は後円部墳頂に設けられた竪穴式石室で、長さ4.9m・幅0.96m・高さ0.75m、石室全体が覆屋で保護されているのだが、見学の際は縄掛突起の付いた天井石に注目してほしい。縄掛突起は石棺の蓋石などでよくみられるが、天井石に用いられた例は珍しい。出土遺物は鋲留短甲や刀剣、鉄鏃など。5世紀後半の築造。国指定史跡、1929(昭和4)年指定。 (現地説明板) 運営訪問:2018年2月9日

基本情報

所在地千葉県富津市小久保3017-1 ほか
築造時期中期
墳丘形状前方後円
墳長86(87.5)m
後円部径径53(50)m 高8.5(7.5)m
前方部幅50(54.5)m 高7.5m
出土品【武器】21あり【武具】破片(衝角付冑片の可能性もあり)【農工具等】鎌?1鹿角装刀子数個【その他】『史蹟名勝天然紀念物調査』に5輯によれば、刀剣類一括・刀およに槍1個・鏃数10個・刀子の取手に鹿角の付着せるものを数個・刀剣破片出土(甲冑の出土記録なし)。
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みんなの口コミ

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  • Guest2024/04/02

    天井石も浦賀水道のパノラマも圧巻だった。丹沢、富士山、箱根を背に対岸の横浜・横須賀はもとより、三浦半島の奥には伊豆の天城山塊まで。海の東海道が一望できた。古墳は土地の要所、一等地にあることを実感する。