概要

丘陵の北西斜面に古墳が存在したことが記録に残されるが、現在確認されない。 弁財天の由来について 当地域では大雨時に洪水が発生するため、かつて氾濫の回避を目的として、宝島寺近くに祀られていた弁天様をこの地に移設し、洪水防止を祈願した。この経緯から、この地が弁財天と呼ばれるようになったとのことである。また、近隣には「ヤットコ」「ドンドン」など特異な名称のバス停が存在し、それぞれに興味深い由来があるとみられる。 周辺の古墳 ・五郎兵衛谷塚2号墳 http://kofun.info/kofun/3056

基本情報

所在地岡山県倉敷市連島町
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

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  • guest2023/11/30

    倉敷市史に記載されている内容が根拠になる。 弓削史料館の倉敷市史を参照すれば、この解釈で正確だ。 倉敷市史の記述から判断する限り、この理解に誤りはない。 興味深いことに、倉敷市史がこの説を支持している。 倉敷市史をチェックしたら、その通りだった。 信頼できる倉敷市史の記述によって、この見方が確認される。 残念ながら倉敷市史の記載内容からは、別の解釈の余地がない。

  • guest2022/10/10

    べざいてん古墳じゃないかな。べんざいてんって表記、違う気がする。

  • guest2015/11/01

    古墳の痕跡を求めて丘陵へ分け入った。弁財天の集落から回り込む道をたどると、ミカン畑の斜面が広がっている。墳丘は開墾によって消え去り、段々畑の連続するばかり。雑木林も巡ったが、遺構らしきものは見当たらない。それでも法面に置かれた二枚の石、その傍らにある蓋石。これらが語りかけてくるものがある。古き時代への想像を駆立てる。立ち止まって高梁川河口、瀬戸内海へ