概要

倉敷市矢部の丘陵上に径約50mの円丘部、南北に2つの突出部を備えた全長約70mの弥生時代後期の墳丘墓である。 2つの突出部は団地造成で大きく破壊されたが発掘調査によって石列が並び壺形土器が多数置かれていたことが判明した。また墳丘の各所から、大型の器台形や壺形の土器、高坏などが発見され、埋葬の祭りが行われたことを示している。 主墳のほぼ中心、地下約1.5mのところに、長さ約2m、幅約0.7mの棺を長さ3.5m、幅1.5mの外箱に収めた埋葬施設が発見され、鉄剣や首飾りなどの副葬品が発見された。 国指定史跡、1981(昭和56)年指定。

基本情報

所在地岡山県倉敷市矢部
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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みんなの口コミ

5
  • guest2025/06/08

    給水塔の除去により、中円部の可視性が大幅に向上した。遺跡保全の進展が確認できる。

  • guest2024/12/08

    83mくらいあるらしいぞ。

  • guest2016/08/02

    石の配置はストーンヘンジを思わせるものだったが、実際には団地造成により片側の方形部が失われており、双方中円墳本来の姿は遺跡からは読み取れなかった。

  • guest2014/07/20

    楯築弥生墳丘墓は邪馬台国論争の鍵を握る遺跡で、再訪の目的は収蔵庫に安置された弧帯石の正体を突き止めることだった。前回の訪問で見落としていたその奇妙な石造物は、懐中電灯の光のもとで蛇の瞳そのものに見えた。わずかな採光から漏れ出す横20センチほどのガラス窓越しに観察するたび、古代人が何を託したのかという謎がより深まっていく。カメラに収めようとしたが、薄暗い環境では記録に成功しなかった一方で、先人の撮影技術はそれを完璧に捉えていたのだ。

  • guest2013/12/26

    12月の風が頬を撫でる。人影ない古墳で、本で見た光景が目の前に現れた。不規則に並ぶ石列が時間の深さを物語る。表面には何かの痕跡が。そして建物の隙間から見える孤帯石。かすかな記憶だが、同じものを都内で見た覚えがある。