概要
西上免遺跡は東海北陸自動車道の建設に伴って発掘調査され、その時にこの古墳が発見された。古墳と表記しているが、3世紀の墓で弥生時代の墓である墳丘墓と表記されることもある。 墳丘長は40.5m、後方部は25m×24.5m、前方部幅17mを測り、その周りには約10mの周溝が存在する。遺跡内の微高地端部に地形に沿って造営されており、遺跡内の墓域を形成する。 調査以前の景観は水田耕作地で墳丘は殆ど掘削されていたため、墳丘の様子は不明で墳丘上からの出土品は無い。周溝からはパレススタイル土器をはじめ、S字状口縁台付甕などが見つかった。 古墳は同型墓の中では最も古いとされ、発掘当初は邪馬台国と敵国であったとされる狗奴国の王の卑弥弓呼の墓と騒がれた。 発掘調査後破壊され、現在は道路の高架下に公園となっている。
