概要
元は前方後円墳で、前方部は取り壊されている。現状は直径22m・高さ3m。後円部の上に乗ることが可能。江戸時代末の1865(元治2)年3月15日、須恵器(足付有蓋短頸壺)が出土、近くに在る富士浅間神社に保存されている。1995(平成7)年の調査で「古墳の墳丘と考えられていた土の多くは、中世以降の盛土で」「中世盛土の下、もしくは近くに古墳があることも確実」との報告あり。

元は前方後円墳で、前方部は取り壊されている。現状は直径22m・高さ3m。後円部の上に乗ることが可能。江戸時代末の1865(元治2)年3月15日、須恵器(足付有蓋短頸壺)が出土、近くに在る富士浅間神社に保存されている。1995(平成7)年の調査で「古墳の墳丘と考えられていた土の多くは、中世以降の盛土で」「中世盛土の下、もしくは近くに古墳があることも確実」との報告あり。
| 所在地 | 愛知県名古屋市中区大須 那古野山古墳公園 |
|---|---|
| 築造時期 | 中期 |
| 墳丘形状 | 前方後円 |
| 墳長 | - |
| 後円部 | - |
| 前方部 | - |
| 出土品 | 【土器】有蓋脚付短頸壺1【その他】1865(慶応1)年に須恵器出土 |
| 棺 | - |
近世以降の改変によって原形は失われているものの、発掘調査で出土した埴輪片が古墳時代の痕跡を物語っており、ここが確かに古墳だったことの証拠となっている。
三方からのアプローチが可能な墳丘構造を有し、隣接する浅間神社の案内では言及されていない点が興味深い。奥部の柵内に存在する人物銅像と推定される墳丘遺構は、この遺跡の歴史的位置付けを示唆している。
北西の方向に日出神社があるのだが、そこの古墳も前方部が失われており、同様の改変を受けている。
大須観音駅からの所要時間は約10分前後と考えられるが、正確な距離は現地確認が確実である。