概要

元は前方後円墳で、前方部は取り壊されている。現状は直径22m・高さ3m。後円部の上に乗ることが可能。江戸時代末の1865(元治2)年3月15日、須恵器(足付有蓋短頸壺)が出土、近くに在る富士浅間神社に保存されている。1995(平成7)年の調査で「古墳の墳丘と考えられていた土の多くは、中世以降の盛土で」「中世盛土の下、もしくは近くに古墳があることも確実」との報告あり。

基本情報

所在地愛知県名古屋市中区大須 那古野山古墳公園
築造時期中期
墳丘形状前方後円
墳長-
後円部-
前方部-
出土品【土器】有蓋脚付短頸壺1【その他】1865(慶応1)年に須恵器出土
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みんなの口コミ

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  • Guest2022/05/26

    近世以降の改変によって原形は失われているものの、発掘調査で出土した埴輪片が古墳時代の痕跡を物語っており、ここが確かに古墳だったことの証拠となっている。

  • Guest2016/05/29

    三方からのアプローチが可能な墳丘構造を有し、隣接する浅間神社の案内では言及されていない点が興味深い。奥部の柵内に存在する人物銅像と推定される墳丘遺構は、この遺跡の歴史的位置付けを示唆している。

  • Guest2016/05/26

    北西の方向に日出神社があるのだが、そこの古墳も前方部が失われており、同様の改変を受けている。

  • Guest2016/05/26

    大須観音駅からの所要時間は約10分前後と考えられるが、正確な距離は現地確認が確実である。