概要

上渕名雙児山古墳の南方に所在した前方後円墳である。墳丘規模は不明であるが、付近一帯の古墳では雙児山古墳に次ぐ規模であるとの伝承があり、数十m規模であったと推定される。昭和8年末から昭和9年3月にかけて行われた付近での道路工事用の土取り工事により消滅した。 昭和9年発行の『上毛及上毛人』第207号に、この古墳の削平工事の様子が記されている。以下はその要約である。 上渕名廃墳の末路 昭和8年度より行われている道路改築工事のため、付近に良好な土取り場がないため上渕名の古墳の土を使用することになり、雙児山南方の同様前方後円墳から自動車によって土取りを行っていた。工事前から荒廃した古墳であり、石室の残骸とみられる石材が多数散乱していた。昭和9年2月28日にY氏がこの古墳を訪問した際には、すでに大部分は損壊されており、工事を担当していたH氏に許可を得て、古墳の墳丘や残土から遺物を採集し古墳について調査を行った。それによれば、葺石は認められず、直径15㎝、高さ50㎝程度、二条突帯の円筒埴輪が地表面から1.5mの位置に1m弱の間隔で配置されていたほか、破片ではあるが馬型埴輪および人物埴輪とみられるものも出土した。また、近隣の住民への聞き込み調査の結果、この古墳から出土したとされる唐鍬を入手し、これは崩落した石室から発見されたものとのことである。

基本情報

所在地群馬県伊勢崎市境上渕名1020附近
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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