概要
長手古墳群は、戸塚山の南東1.2kmの通称「城山」と称される標高365mの山頂から張り出した丘陵の南山麓に沿って分布している。古墳は東側から1号墳~9号墳と9基の古墳で形成されているが、中世期の山城の構築で破壊され明確に墳丘が存在するのは第1号墳と2号古墳の2基のみである。とくに2号古墳は山麓を削り取って墳丘を構築する山寄式型の典型的な横穴式石室の終末期古墳であり、昭和58年に米沢市教育委員会が調査を実施した結果、古墳は直径15m、高さ3.5mの墳丘を有する円墳で、羨道が左右対称の両袖式で玄室の奥壁から前庭部の入口まで5.4mを測る、玄室は奥壁から玄門にかけてゆるやかな樽形状を示すのが特徴で、凝灰岩の1枚岩を奥壁に置き、側壁は凝灰岩の割石を下から順に積み上げる持送り式で、長さ2.3m、最大幅1.3m、高さ1.8mをなしている。遺物としては前庭部より土師器坏4点と鉄鏃1点、それに須恵器坏と須恵器蓋の組み合わせ1点が出土している。土師器は内黒を主体とした坏であり、頸部に稜線を有するのが特徴であることから、7世紀末から8世紀前半頃と考えられる。第1号墳は保存状況の良好な7mの小規模な古墳で、2号古墳と隣接しており、2号古墳の被葬者との関連性を指摘される。 米沢市の指定文化財 山形県遺跡番号:202-608 【引用・参考資料】 ・山形県遺跡地図 ・山形県遺跡番号 ・米沢市教育委員会 平成7年3月31日 米沢市文化財年報No.8 ・米沢市教育委員会 1999年 遺跡詳細分布調査報告書第12集 米沢市埋蔵文化財調査報告書第65集 *古墳について情報をお持ちの方コメント欄にお寄せ下さい。写真もぜひ!
