概要

区画整理により平成27年に消滅した。現在は江戸時代に作製された石碑が立つのみである。解体時の全長は約25mであったが、近世の人々により一部が破壊されていたことが判明した。完成時の全長は約40mと推定される。古墳には三本松稲荷が鎮座していたため、現存時は前方部が参道として利用されていた。 前方後円墳としては前方部が極めて小さいことから、帆立貝型前方後円墳と考える見解もあるが、詳細は不明である。流山議会において前方後円墳と定められている。出土遺物として円筒埴輪をはじめ、人物埴輪などの形象埴輪片がある。埴輪の保管状況については、恐らく流山市立博物館で保存されているが、公開されていない。国立歴史民俗博物館に一部が所蔵されている可能性がある。 埋葬施設は竪穴式石室とみられる。解体時には埋葬施設はすでに破壊され、残存していなかった。

基本情報

所在地千葉県流山市鰭ヶ崎1丁目
築造時期時期不詳
墳丘形状不詳
墳長-
後円部-
前方部-
出土品-
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