概要
貝吹山からのびる尾根の丘陵上に位置し、宮内庁により身狹桃花鳥坂上陵(むさのつきさかのえのみささぎ)として第28代宣化天皇陵に指定されている。全長138m、後円部直径83m、前方部幅78m、左右の造り出しを有する。周溝の幅は10~25mである。円筒埴輪および葺石が確認されている。前方部の東側には方形に大きく突き出た構造を有し、剣菱形と呼称される。この構造は陪塚が隣接することに起因するものとの見方がある。 宣化天皇は536~539年に在位した天皇であり、名を武小広国押盾天皇(たけおひろくにおしたてのすめらみこと)という。新羅が任那と百済を攻撃した時期には、大伴狭手彦(おおとものさでいでひこ)を派遣して防衛にあたらせたと『日本書紀』に記される。一方、本古墳がこれより古い時期の築造とする説も存在する。身狹桃花鳥坂上陵に関する記載は『日本書紀』および『延喜式』に認められる。
