概要
標高約140m、碓氷川と烏川に挟まれた台地上に立地する全長約97m(復元長105m)の前方後円墳。後円部径74m・高さ12m、前方部幅91m・高さ14m、墳丘は基壇の上に築造されており、後円部に比べ前方部が大きい。周囲には堀がめぐる。1945(昭和20)年3月、防空壕を造る際に未盗掘の横穴式石室を発見、出土した約300点の副葬品が1961(昭和36)年に国の重要文化財・考古資料に指定された。石室は後円部南西方向に開口する両袖型の横穴式石室で全長約15.3m、玄室部長さ約7.2m・最大幅約3.5m・高さ約2.8m、羨道部長さ約8.2m・幅約1.4~2m・高さ約1.8~2.3mを測り、東日本でも屈指の規模を誇る。石室や石材の大きさが奈良の石舞台古墳に匹敵することから「群馬の石舞台」と呼ばれているようだ。石室内からは人骨のほか銅鏡(画文帯神獣鏡・五鈴鏡など)4面、銅碗、武器・武具、金銅製馬具、工具、須恵器、棺材など数多くの遺物が見つかった。質・量ともに充実しており、近くの観音塚考古資料館に多数展示されているので、古墳・石室とセットで見学してもらいたい。6世紀末~7世紀初頭の築造。国指定史跡、1948(昭和23)年指定。 『上毛古墳綜覧』掲載名:碓氷郡八幡村7号古墳 (現地案内板) 群馬県教育委員会『群馬県古墳総覧』2017年5月
