八角墳とは?

八角墳のイメージ

八角墳とは、平面形が八角形になっている古墳です。

古墳時代には前方後円墳・円墳・方墳が主流でした。その中で八角墳は非常に珍しい存在です。

特に飛鳥時代になると、皇族クラスの墓として築かれるようになりました。

なぜ八角形なの?

八角墳がなぜ作られたのかは完全には解明されていません。しかし有力な説として「天皇の権威を示す説」があります。

中国では古くから「八」が特別な意味を持つ数字でした。飛鳥時代の日本は中国文化の影響を強く受けていたため、八角形が特別な権威を表した可能性があります。

また、八角墳の多くが天皇や皇族の墓と考えられていることも、この説を支持しています。

八角墳はいつ作られた?

八角墳は主に7世紀頃の飛鳥時代に築かれました。これは古墳時代の終わりにあたり、巨大な前方後円墳が作られなくなった時代でもあります。

そのため、八角墳は古墳時代から律令国家への移行を象徴する墓とも考えられています。

有名な八角墳① 牽牛子塚古墳(奈良県)

牽牛子塚古墳

八角墳として最も有名な古墳の一つです。奈良県明日香村にあります。

発掘調査によって美しい八角形の墳丘が復元されました。斉明天皇の墓である可能性が高いと多くの専門家が指摘しています。

  • 日本最大級の八角墳
  • 凝灰岩の巨石を刳り貫いた横口式石槨
  • 復元された八角形墳丘
牽牛子塚古墳を詳しく見る ›

有名な八角墳② 中尾山古墳(奈良県)

中尾山古墳

飛鳥時代を代表する八角墳で、奈良県明日香村に位置します。文武天皇陵である可能性が指摘されています。

石室や墳丘構造がよく残っており、飛鳥時代終末期の古墳を知るうえで重要な資料となっています。

中尾山古墳を詳しく見る ›

八角墳と天皇の関係

現在知られている八角墳の多くは、天皇や皇族との関係が指摘されています。牽牛子塚古墳・中尾山古墳はいずれも皇族との関連が考えられています。

そのため、八角墳は単なる古墳の形ではなく、飛鳥時代の権力構造を知る重要な手がかりとなっています。

八角墳は全国にいくつある?

八角墳は前方後円墳ほど多くありません。確認されている数は数十基程度で、その多くが奈良県周辺に集中しています。

これは飛鳥時代の政治の中心地が奈良だったためです。

まとめ

八角墳とは、八角形の墳丘を持つ珍しい古墳です。

  • 主に飛鳥時代に築かれた
  • 天皇や皇族との関係が深い
  • 奈良県周辺に多い
  • 古墳時代終末期を代表する墳形

古墳の中でも特に権威性の高い墳形と考えられており、飛鳥時代の歴史を知るうえで欠かせない存在となっています。

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