概要
猪名部神社の段丘下の耕作地にあった円墳。鈴木敏雄の『員弁郡稲部村考古誌考』に、「大字北大社ノ里ノ東南ナル田圃中ニ春澄神社アリ。春澄善縄ヲ祀リシモ今ハ合祀シテナシ。(中略)コノ神社址の東南数間の処、路ヲ隔テ小墳址アリ。今ハ漸次毀タレテ径二三尺程ノ草地トナレリ。古老ノ言ニ今ヨリ七十年許リ前(幕末明治初期)ニハ四間程ノ径ヲ有セル円墳ナリキト。」 墳丘は河岸の下段ではあるが、春澄社(石標と記念碑が残る)とともに周囲の水田面ヨリは一段高い段丘であったが、土取り後に水田となり、その後耕地整理されて跡形もない。遺跡台帳には計上されていない。 また春澄社の北1丁(100m余)の郷の南端に藪庚申があり、村人は触ることがなかったが、鈴木はこれも墳形不明瞭ではあるが古墳であろうと推測している。
